食べ盛りの息子が、学校の休み時間に公衆電話から電話をかけてきて(「(声を殺して)もしもし奥さん、今日の夕食は何料理? 息子さんの嫌いなものだったら、息子さんを誘拐しますよ」。
それに対し私が「どうぞ連れて行ってください」と“お願い”したのに、決まって「ただいま~」)だった思い出は、かけがえのない楽しい時間でしたし、また私のお料理のレパートリーは、あの子たちが広げてくれたことに気づかされます。
反抗期らしい子のご機嫌が特に悪い日は、小言を言うタイミングも大変でした。また4人が別に暮らす生活が長いのに、たまに他家で見受けるような、情の薄い姉弟関係でないのは、当時のいろんな組み合わせによる激しい姉弟げんかのおかげ?
挙げればキリがありませんが、共に暮らしたからこそ生まれた、親子で成長していったかけがえのない日々が、中学から海外の寮へ入れていたならば、随分、失われていたことでしょう。
育児放棄とまでは申しませんが、家族の愛情を育むうえで、大きなチャレンジになるのは覚悟しなければなりません。お子様を愛されるがゆえのご決断であったにしても、成長期に家族と“同じ釜の飯を食べない”ことのリスクは強調しておきたいと思います。
まず、私は4人の子どもとしか一緒に暮らしたことはありませんが、それぞれの子との中学生以降の生活を思い出してみました。
私はたいへん忙しい暮らしの中で子育てをしました。いまだに多くのお母さん方が、優しくてキメ細かい育児をされておられるのを見たり聞いたりするたびに、わが子たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになるものです。
そんな私でさえ、今ぱっと思い出すだけで、子育ての楽しい思い出がたくさんあります。
タオバオ仕入れ
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